推し活時代の格闘技ジム——「推される選手」を育てるためにジムができること
格闘家は素材として最強なのに、なぜ推されにくいのか。ヒロヤの事例とK-POP・スターダムの成功構造から、ジムが「推される選手」を育てるために必要なことを考える。

ヒロヤという選手がいる。戦績は11勝15敗。勝率だけ見れば、決してトップとは言えない。それでもRIZINの大舞台に呼ばれ続け、SNSには熱量の高いファンがつき、自身のプロテインブランドやオンラインサロンまで成立している。
なぜ負け越している格闘家が、これほど「推される」のか。
この問いの答えは、格闘技界全体の未来に直結している。
推されるには構造がある
「推し」は気まぐれに生まれるものではない。研究によれば、ファン心理には4つの因子がある。熱中・愛着、目標・共感、ファン自覚、そして他者との共有だ。
つまり、人が誰かを推すには「この人の成長を見届けたい」という物語と、「自分はこの人のファンだ」と自覚できる接点と、「この良さを誰かに伝えたい」と思えるコミュニティが必要になる。
ヒロヤはこれを全部持っている。格闘技未経験から朝倉未来にDMを送り、1年チャレンジでプロの世界に飛び込んだ。その成長過程がコンテンツとして公開され、ファンは「物語の目撃者」になった。RIZIN大晦日で新井丈を右ハイキックでKOした瞬間、東京ドームで篠塚辰樹をTKOした瞬間——その歓声には、勝敗を超えた感情が乗っていた。
Z世代女性の75%が「推し」を持ち、推し活の68.4%はSNSチェックだというデータがある。ヒロヤはSNSでの発信も欠かさない。試合だけでなく、日常のトレーニングや人柄が見える投稿が、ファンとの接点を日常的に作っている。
ここで重要なのは、これらすべてがヒロヤ個人の自発的な努力で成り立っているということだ。
格闘家の素体はアイドルより強い
断言する。格闘家の素体は、エンタメ業界のどのジャンルよりも強い。
鍛え上げられた肉体、命を懸けた真剣勝負、勝敗という誰にでもわかるドラマ。これほど「推し」の素材として完成度の高いジャンルは他にない。髪型や美容意識、撮られ方を少し整えるだけで、ビジュアル面も十分に戦える。
足りないのは素材ではない。見せ方だ。
K-POPとスターダムは何をやったか
K-POP事務所は「推される人」を組織として育てている。NiziProjectでは、デビュー前の練習生の成長過程をコンテンツとして公開した。視聴者はオーディションの段階から感情移入し、デビュー時にはすでに強固なファンベースが出来上がっていた。YGエンターテインメントは「個性を最大限に引き出す」方針を掲げ、画一的なアイドル像ではなく、一人ひとりの魅力を設計して届けている。
女子プロレスのスターダムも同じだ。ブシロード傘下に入って以降、売上は5.5倍に成長し、女性客の比率は30%まで上がった。「強い」だけではなく「カッコカワイイ」という新しい価値軸を打ち出し、従来のプロレスファン以外の層を開拓した。
どちらにも共通するのは、選手やアーティスト個人の才覚に頼らず、組織としてブランディングの仕組みを持っているということだ。
ヒロヤが自力でやっていることを、K-POP事務所は組織としてやっている。この差は決定的に大きい。
ジムの現状——技術指導の先がない
和術慧舟會HEARTS代表の大沢ケンジはこう言っている。
「国内MMAにもいい選手がたくさんいるのに、セルフブランディングができていないのは本当にもったいない」
「ただ強いだけではスターになれない」
——大沢ケンジ、MMAメディア「Queel」インタビュー(2017年12月)より
これは現場を知る人間の実感だろう。日本のMMAジムの多くは、技術指導とフィジカルトレーニングに特化している。それ自体は正しい。だが、選手が試合以外の場でどう振る舞い、どう発信し、どうファンと接点を持つか——その部分を組織として支援しているジムはほとんどない。
結果として、ブランディングができるかどうかは選手個人のセンスと努力に委ねられる。ヒロヤのように自力で道を切り拓ける選手は例外であって、標準ではない。
「アイドル事務所じゃないんだから」という声に
ここまで読んで、「格闘家をアイドル化するのか」と感じた人もいるかもしれない。その気持ちはわかる。格闘技の価値の根幹は強さにある。それは大前提だ。
だが、経済的な現実を見てほしい。
格闘技は体と命を削る競技だ。選手が背負うリスクに見合った報酬を出すには、観客が必要で、観客を増やすには市場が必要だ。そして今、格闘技の市場規模は他のエンタメと比べて圧倒的に小さい。
「強ければ客は来る」——この言葉が正しいなら、なぜ格闘技の市場はこの規模に留まっているのか。
新規ファンの開拓は生存戦略だ。見せ方を整えることは、強さを否定することではない。むしろ強さを正しく届けるための回路を作ることだ。選手の体と人生に見合うだけの報酬を出せる市場を作るのは、ジムの責任でもある。
ジムが持つべき5つの新しい機能
では具体的に、ジムは何をすればいいのか。
セルフブランディング指導。 SNSの運用方法、メディア対応の基本、試合前後のコメントの出し方。これらは才能ではなくスキルだ。教えれば身につく。
コンテンツ制作支援。 練習風景の撮影、試合ハイライトの編集、日常の発信サポート。選手が競技に集中しながらもコンテンツが回る体制を作る。全てを選手一人にやらせるのは、練習時間を削ることと同義だ。
キャラクター設計。 全員が同じ見せ方をする必要はない。ストイックな求道者タイプもいれば、親しみやすいムードメーカーもいる。選手ごとの「売り方」を一緒に考え、個性を最大限に引き出す。
ファン接点設計。 グッズ展開、ファンイベント、双方向のコミュニケーション設計。試合会場だけがファンとの接点では、年に数回しかチャンスがない。日常的に「推せる」仕組みがあれば、ファンの熱量は持続する。
露出戦略。 試合中継だけでは、格闘技を見ない人には永遠に届かない。ジムが組織として、選手を格闘技メディアの外に出す導線を設計する。他ジャンルとのコラボ企画、地域イベントへの参加、YouTube企画への出演——選手個人の営業力に頼るのではなく、ジムの看板で接点を作る。K-POPがバラエティやショート動画で「音楽を聴かない層」を開拓したように、格闘技の外にいる人を振り向かせる仕掛けが必要だ。
これは「アイドル事務所になれ」という話ではない。選手の価値を正しく届けるインフラを整えろという話だ。
「強い選手を育てる」から「強くて推される選手を育てる」へ
格闘家の素体はアイドルより強い。足りないのは見せ方だけだ。
ヒロヤが個人の才覚で証明したことを、ジムが組織の力で再現できるようにする。そうすれば、11勝15敗でも推される選手は例外ではなくなる。
推されるは、強さの代替ではない。強さを伝える回路だ。
その回路を作れるかどうかに、格闘技の未来がかかっている。
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よくある質問
この記事の要点を質問形式で整理しました。
なぜ戦績だけでは説明できないほど「推される」格闘家が生まれるのですか?
ファンは勝敗だけでなく、成長物語、共感できる人柄、日常的な接点、誰かに共有したくなるコミュニティにも反応するからです。記事ではヒロヤを例に、推される構造が複数の接点で成り立っていると整理しています。
格闘家を「推される存在」にするのは、強さを軽く見ることになりませんか?
この記事の主張は、強さの代わりに見せ方を重視することではありません。強さを正しく市場に届ける回路を整えて、選手の価値を伝わる形にすることが必要だという考え方です。
ジムは具体的に何を支援すべきだと考えていますか?
記事では、セルフブランディング指導、コンテンツ制作支援、キャラクター設計、ファン接点設計、露出戦略の5つを挙げています。個人のセンス任せにせず、組織として支えることが重要です。
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